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日本側発題文

草の根から安全保障を構想する

川崎哲(ピースデポ事務局長)

(1)「朝鮮の脅威」論と軍事力容認の傾向

このような場でお話しする機会を与えてくださったことに感謝いたします。しかしながら、きわめて残念な事実からお話を始めなくてはいけません。

去る5月13日に日本政府が発表した日本国内の世論調査の結果では、日本が何らかの戦争に巻き込まれる可能性があると感じている人が30.5%いるとのことです。この数字は、同様の調査が開始された1969年から最高の数字であるとのことです。この調査ではさらに、安全保障での関心事として「朝鮮半島情勢」を56.7%の人が挙げていると報道されています。世論調査の結果を分析するにあたっては調査の方法をきちんと検証する必要があるので、これらの数字を鵜呑みにすることは避けなくてはなりません。しかし、日本社会の中に今こうしたムードがあることは、私だけではなく、今日この場に日本から参加している多くの人々が共通して実感しているところだと思います。

同時に、日本がかつておこなった侵略戦争、朝鮮半島の植民地化などの歴史について、「日本は悪くなかった」と開き直るような議論が力をつけ始めています。その典型として、日本国家中心主義的な歴史教科書を出版しようとする動きがあり、日本国内で無視できない勢力になっています。これと対応するように、軍事力の保持と行使を禁止した日本国憲法第9条を「改正」しようという動きが現実のものとなり、国会では憲法調査会が設置され改憲の前段階の議論が進んでいます。大切なことは、これらの動きを押し進めているのが主として戦後世代の論者たちであり、こうしたムードを支持しているのが私たち青年の世代だ、という点です。

今日この場には、これだけ多くの韓国、在日、日本の青年たちが集っています。それだけ、韓国と日本の間の物理的な人の行き来は容易になっているということでしょう。しかしそれとは裏腹に、侵略の歴史に目をつむり、朝鮮半島が日本を戦争の危機に追い込む脅威の要因であると感じ、したがって何らかの軍事力による対処措置を考えなければいけないとする青年が、日本社会の中で一つの層として登場してきていることは、きわめて憂慮すべき事実です。この現象にどうやって対応するかが、私たちのフォーラムに課せられた大きな課題だと言えるでしょう。

(2)草の根から安全保障を構想する

私は昨年3月から5月にかけて、日本の国会で日米防衛協力の新ガイドラインに関連する立法審議の過程を連日傍聴しました。新ガイドライン関連法とは、米軍に対する日本の後方支援を強化するもので、自衛隊だけではなく自治体や民間企業もこの後方支援に参加させられる、というものです。この立法を推進する人々の論理は次のようなものでした。すなわち、(1)北朝鮮のミサイルなど、日本の安全保障に対する脅威がある、(2)これに対処するための軍事力による抑止力が必要である、(3)それは、東アジアの平和と安定のために活動している米軍に協力することによって達成される、(4)日本の安全にとって必要なことであれば、一般市民の生活や権利に一部制限が加えられてもしかたがない、という論理構成です。

私は、この4段階の論理の一段一段に対して、議論を挑んでいくことが必要だと考えます。草の根の平和運動は、第4番目の点、すなわち一般市民が危険に巻きこまれたり権利が侵害されたりすることを強く拒否する、というごく自然な感情から出発しています。新ガイドライン関連立法に反対する運動は日本の中で非常に盛り上がったとは言えませんが、立法を懸念する世論が広範にあったことは事実です。それは、この自然な感情に根ざしています。韓国においても、さまざまな形で米軍による一般市民生活への被害が発生しており、これに対して強い反対運動が続いていると聞いています。

ここで日本と韓国に共通してるのは、一般市民の立場から出発した反対運動が必ずぶつかる、「国家の安全保障のためにはやむを得ない」という論理の壁をどう乗り越えるか、という問題です。草の根の声に根ざしつつも幅広く安全保障を論議することが求められているのです。

(3)地域安全保障を考えるときの韓日の「ずれ」

先に挙げた4段階をすべて疑問形に変えてみます。(1)まず、北朝鮮が本当に脅威なのか。(2)次に、軍事力によらない安全保障体制はありえないのか。(3)そして、米軍への協力が本当に地域の平和と安定に貢献するのか。(4)最後に、安全保障の名の下に一般市民の生活や権利が脅かされてよいのか。

まず、最後の問いには、一般市民の生活と権利が保障されることこそが安全保障である、という発想の転換で答えたいと思います。「人間の安全保障」という言葉は、国連でも使われる世界の共通目標になってきています。

最初の2つの問いには、ほかでもなく、来る南北首脳会談が一つの答えを出しているというべきでしょう。さまざまな批判はあるでしょうが、そこではまさに軍事力によらず、脅威を対話によって減じていくという努力が進められているのです。

3つ目の、米軍への協力が地域の平和と安定に貢献するのかという問題は、非常に論争的なテーマと言えます。米軍が、国際法や国連決議を無視して軍事行動に出ることがあるということは、イラク攻撃の例などから明らかです。このような米国との同盟関係は地域の平和に反するから同盟関係を破棄すべきであるという主張が一方にあります。一方で、米国との同盟関係は必要であるが、米軍が本当に地域の平和と安定のために活動しているのであれば、同盟国である日本や韓国は、それぞれの国益の観点から自立的に米国に対して主張すべきであるという主張があります。この場合、日本や韓国の自立的な立場とは何なのかが問われます。同盟破棄の立場に立てばなおさら、それではどのような立場と枠組みをこの地域に立てるのかが問われてきます。

日本が独自の立場と言うと、それは日本の軍事化の促進であり地域の不安定をもたらす、という懸念が韓国や他のアジア諸国から必ず示されます。実は日本人はこのことにあまり気づいていません。日本人は気づいていない、という事実に日本と韓国双方の人々がもっと気づくべきだろうと考えます。例えば昨年、日本の防衛政務次官が「日本は核武装を検討すべき」と発言して辞任に追い込まれました。このときの多くの日本人の受け止め方は、「なんて非常識な人なんだろう」というものでした。この「非常識」とは、「非現実的」という意味合いを多分に含むものでした。しかし、韓国を含む諸外国の人から見た場合、現実的にじゅうぶん可能性のある「日本の核武装」について発言する非常に危険な人物、という印象だったのではないでしょうか。

この「ずれ」がある限り、日本と韓国がそれぞれ独自の立場を主張して、それがあい手を携えた平和的協調関係に至る、ということはあり得ません。日本は、非核の原則、非武装の原則を、法的にまた政策的に掲げています。日本人の課題は、これらの原則が現実として国際的に認知されるよう、その実施と徹底につとめることでしょう。そして韓国をはじめとする諸外国の人々には、そうした日本の努力をもっと認知していただきたい、とお願いしたいところです。

(4)非核地帯構想と非核自治体の役割

日本と韓国が共通でとることのできる安全保障政策の一つとして、東北アジアの非核地帯化構想が挙げられます。南北朝鮮および日本をカバーする領域を、核兵器を持たず、開発せず、配備せず、通過させない地帯とする多国間条約を結ぶことです。核兵器だけでなく、現在さかんに北朝鮮のミサイル開発問題への懸念が叫ばれていることから、同じ条約で弾道ミサイルの制限もおこなうという方法も考えられます。

私はこの構想を、先ほど述べた「草の根に根ざした安全保障」の構想として提示したいと思います。すなわち、この構想が、中央政府の外交官によって主導されるのではなく、一般市民の声によって進められるべきだということです。より具体的には、各地の市民の声を代表する地方議員や、地方自治体の役割がきわめて大きいということです。

日本では、全自治体数の7割以上にあたる2,300以上の地方自治体が非核平和宣言をしており、「非核自治体」と呼ばれています。これらの非核自治体の多くは、80年代の世界的な反核運動の盛り上がりに呼応してできたものです。残念なことに、現在ではこれらの自治体は、非核平和のために活発なとり組みをしているとは言えない状態です。

しかし、昨年の日米新ガイドラインの議論の中で、非核自治体の役割があらためて浮き彫りになってきました。米軍への日本の協力の拡大によって、自治体が米軍に協力させられることに懸念を表明する意見書を採択する地方議会は全国で1,400を超えました。また、米軍艦の各地の港湾への寄港の増加を念頭に、軍艦の寄港にあたってその軍艦が核兵器を積んでいないことの証明を自治体が求めたり、港湾など自治体施設の利用を平和目的に限るといった規定を定めたりする動きが、地方議員と地元の住民運動の連携によって進められています。こうした地方からのイニシアティブが、東北アジア地域全体の安全保障の構築につながっていくのです。

(5)出会いこそが原動力

私たちがこのフォーラムでとりあげている平和や人権といったテーマは、目には見えにくい問題です。自然環境保護や社会福祉といったテーマに比べたとき、活動の成果が見えにくいということも事実です。若い世代が社会と関わる活動をしたいと考えたとき、わかりやすい成果を求めたがるのは当然のことです。そのため、平和や人権の分野ではなかなか若い世代の参加が得られずに、結果としてもう31にもなる私が日本を代表してお話をしなければいけないというあまり好ましくないことにつながってきます。

これまで私が述べた、「草の根に根ざした安全保障」というテーマは、身近にとり組むことのできるグローバルな課題であるという意味で、こうした閉塞した状況への一つの挑戦ととらえていただきたいと思います。

そして最後に、ふだんは目には見えにくくても、今日私たちがこの場でこうしてお互いの顔と顔を合わせ、笑顔をかわしたり握手をしたりする体験が、かけがいのない実感として一人一人の中に残り、各自がまた自分の持ち場に帰ったあとでの活動の原動力になるのだと確信しています。こうした貴重

な場を作り、裏方で支えてくださっている実行委員会のすべての皆さんに感謝して、私の発題を終えたいと思います。
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